九州乗り潰し激旅
3日目 川尻-西都城 8月15日
■駅まで徒歩20分
川尻
6:18→八代 6:46 6321M
昨日は夜道で迷ったせいで、自分のいる場所が駅からどのくらいの距離なのかわからなくなってしまった。というわけで早めに起床し朝湯に浸かり、5時45分に健康ランドを出発。今日も雨か…と思いつつ小走りで歩いたら6時10分前に川尻駅に着いたのでだいたい約2キロくらいだろう。川尻駅前はすぐ住宅地になっていて、細い路地を抜けると幹線道路にぶつかり商店が並ぶ。熊本市は意外にも(と言ったら語弊があるかもしれないが)全国人口ランキングで17位(平成12年国勢調査調べ)。九州の中では福岡市、北九州市に次いで堂々の3位なのだが、市の中核となる駅からたった一駅で「駅舎とホームが直結スタイル」が見られるのも地方都市ならではと言えよう。
「川尻」から八代までは約30分、列車は予想どおり2両編成のワンマン電車で昨日肥後大津から乗ったのと同じやつだ。まずはウォーミングアップといったところか。
■なぜか西鹿児島行き
八代
7:10→水俣 8:07 普通6325M
「八代」は鹿児島本線の節目とも言える駅で、普通列車でここから先へ行く場合ほぼすべてにおいて八代で乗り換えなければならない。八代以南は九州特有の派手なデザインの新鋭車両も乗り入れず急行型の格下げ車両が幅を利かせている。これほどまでの"隔離政策"が行われているのも利用者が激減するためで、来年春の九州新幹線の開業により第三セクターに移管されることになる。廃止は免れたものの、何より青春18きっぷでは乗れなくなるので敢えてもう一度乗車しておこうと思ってプランニングに組み込んだのだ。
川尻で予定より一本早い列車に乗ることができたので八代で若干時間があいた。改札口へは跨線橋を渡って1番線に行かなければならず、明日またここに戻ってくるわけだし面倒くさかったのでその場でじーっと待つ。6時57分発の有明6号博多行きが出ていった同じホームにこんどは下り列車が入線する。3線しかない線路で折り返し運用をやりくりしなけれなならない余裕のなさが伺える。時刻表では水俣行きになっているのに、入って来た列車の行き先はなぜか゛西鹿児島゛となっている。しかも列車は予想外の2両編成で、車内に入ってみて唖然とする。ボックスがひと車両に4組しかないのだ。まさか車内までこんな状況とは思わないからボックス座席はすでに空きゼロ。15分以上ホームで待っておいて何をやっていたのだろう…
オリジナル車(左)と改造車(右)との比較
3両編成(片開きドア) ボックス席多数 2両編成(両開きドア) ボックス席4組/両 3両編成が2両編成になった分、立ちスペースが増えているので輸送力はさほど変わらない。これも赤字路線の合理化なので仕方がない?
さっき乗ってきた列車の1本あとの列車が7時7分に到着してさらに乗り継ぎ客を拾うと発車時刻になった。八代以南はほとんどの区間が単線になるので行き違いのため特急を待たせることも。2両編成だがしっかり車掌が乗務していて一見合理化が遅れているように見えるが本当は九州新幹線開業後の並行在来線問題として経営分離したいからその口実をつくるためわざと赤字になるようにしているのかもしれない、と妄想してみる。九州新幹線が開業するとは50%以上がトンネルだといい、またひとつ旅情感あるローカル線が失われるが、なにより地元の利用者にとって運賃の負担増は深刻な問題だ。
道中では何度か九州新幹線の橋脚と直交する。なるべくトンネルを掘らずに済むよう、山を巧みにかわすため曲線が多い在来線に対し、九州新幹線は30キロ以上もショートカットするという。
写真は湯浦〜津名木間。複線の線路が写っていたので容易に判断できる。
■朝食は抜きの方向で
水俣
8:39→川内 10:07 普通2425M
「水俣」での接続時間は32分あるので一旦改札を出て散歩する。来年春に開業予定の九州新幹線は新設される「新水俣」を通るため、水俣駅自体がJRの駅ではなくなる。実は今朝出発した川尻駅の改札係に「青春18きっぷの日付印を水俣駅で押したい」と頼み込んだので今日の日付が入らないままここまで来てしまったのである。改札を出るところで水俣駅のスタンプが入った。ここを降りるのも2回目だが水俣駅前は相変わらず静かな佇まいを見せている。7月下旬水俣市に集中豪雨が襲い、多大な被害や犠牲者が出たのが信じられなかった。
水俣駅の改札口にて。
柱に縛りつけられた「九州新幹線開業 新八代〜鹿児島中央」と書かれたのぼりは皮肉のようだ。駅から比較的近いところに港があるのだが30分で行って来るのはあまりにもハードだし、郵便局はまだ開かない時間なので本当にやることがない。コンビニで朝食を買うのも味気ないと思ったので、とりあえず水分と塩分補給をしておこうとアクエリアスの500ml缶(九州の自販機では何故か100円で売られている)で貧欲に飯代わりにする。何もそこまで激旅気分にならなくてもいいのに…
■やっぱり同じ車両
水俣
8:39→川内 10:07 普通2425M
水俣からはさらに鹿児島本線を南下する。3番のりばに行ってみると、やっぱりさっきと同じ車両が待っていた。泣きたくなる。昨日の阿蘇山のガス規制と同レベルのがっかりだった。ここから先、出水〜川内は鹿児島本線の中でも最も本数の少ない地帯なので一本落とすと次の普通列車は12時30分までないし、窓の開かない特急で行くなど本末転倒だ。仕方なくこの列車で行くことにするも、またもや数少ないボックス席をとり損ねる。結局こんどもロングシート部に落ち着くが、冷房が入っているので窓を開けっ放しにできないのがまた難点。
水俣から5.8キロの「袋」を過ぎるといよいよ県境で、再び車窓に海が広がる。海岸沿いを併走する国道3号線上の「鹿児島県」の標識を過ぎるあたりでは、南国を思わせる樹木が多く南国ローカルムードに浸る。「西出水」では上下列車の交換。すれ違った列車は3両編成のボックス席多数の車両。あぁ〜乗りてぇ。
鹿児島県に入ってからの無人駅は雨除け程度といった感じの駅舎が多く温暖な気候を象徴している。その駅舎も集札口を含めてコンクリート造りで「台風銀座の鹿児島」を物語っているようだ。
「薩摩大方〜西方」は東シナ海の海岸線スレスレの絶景。この区間は列車の撮影ポイントで有名なのだというが、列車の中からの景色はそれほど絵にならない、というか自分の技術ではできない。「西方」は一瞬秘境駅っぽく見えて降りたくなったが身動きがとれなくなるので辛抱する。
「上川内」では特急"つばめ"の交換待ちで約8分停車。ここも無人駅だ。 昨年乗ったときは3月上旬の平日午後で非常にのどかな雰囲気だったが今回はだいぶ趣きが違うものとなってしまった。それでも一時間半乗っていても退屈しない路線、青春18きっぷで乗るのはこれが最後になるだろう。
■荷物を置いてどこへ行く?
川内
10:19→伊集院 10:53 普通2425M
「川内」では特急"つばめ"の待避のため12分停車するので一旦改札を出てみる。それも車内に荷物を置いたまま!川内駅前は九州新幹線の駅舎が建設中で久々に都会的な街並みを目にする。お目当てはやはり郵便局。駅前から場所は確認できたが横断歩道を渡って微妙な距離だったので危険と判断して列車に戻ることにした。
川内から先は新幹線開業後も鹿児島本線として存続するとあって乗客も激増したように思える。純民間会社になるためには「いいとこどり」をしないとやっていけないのだろうか>JR九州
■一歩手前で途中下車
「伊集院」まで来ると鹿児島近郊ということで、さらに列車の本数も多くなるのでここで下車してみる。と言っても観光ができるほどの時間も足もないので行き着く所はやはり郵便局。駅周辺案内図「NAVITA」で確認したところ伊集院郵便局が徒歩10分くらいの場所なので散歩がてら行くことにする。
商店街の通りには錦鯉がいる清流溝が掘られていて、食バンをばら撒きながら歩いているおばさんに遭遇。その人も郵便局に向かう途中だったので少しだけ話しをしたが、旅行貯金という郵便局の利用法にはすこし呆れられた様子だった。
再び駅前に戻るとちょうど枕崎行きのバスが発着していた。かつてここから南薩線という私鉄が分岐していたというから廃止代替バスという位置付けと思われる。距離的にも指宿枕崎線を乗り通すのに比べてバスの方が直線に近い形で結んでいるので勝手がいいようだ。
■最後までヘンな車両
伊集院
11:32→西鹿児島 11:49
普通441M クモハ717-901
伊集院から乗る列車は上川内始発の改造車2両編成。2扉片開きの真ん中に無理矢理、両開きドアが増設されていて座席は4ボックス(隣の車両は6ボックス)しかない。車内は鹿児島市街へ向かう利用客で大盛況、ボックス席云々と言っている意味すらない。
後で調べてみたらこの車両は717系900番代と呼ばれ平成7年に改造、1編成しかないとのこと。希少価値はあるが実際遭遇してもありがたくない車両だ。
幸い西鹿児島までは3駅しかないのでそれほど苦ではなかった。「上伊集院」を出ると次は終点の西鹿児島。本当に次が西鹿児島なのかと疑いたくなるような狭い切り通し区間が続くが駅間は9.6キロもあり、長いトンネルを抜けると車窓はガラっと変化して突然市街地が広がる。
■鹿児島市街は滞在30分
終点の「西鹿児島」に着いたのは正午近く。盆休みで街は賑わいを見せている。そういえば今日は終戦記念日だということに気付いた。一昨年は稚内、昨年は根室まで行ったので8月15日に関東にいない記録が今年も更新された。(墓参りしろよ)
西鹿児島は終着駅としての機能が大きいが戸籍上は鹿児島までが鹿児島本線となっている。事実、鹿児島よりも西鹿児島の方が圧倒的に利用客数が多い。かつては鹿児島駅の方が栄えた時代もあったと言われ、時刻表のさくいん地図では両駅ともに県庁所在地駅・代表駅を示す「◎」の記号が冠されている。この名前負け?を解消すべく、九州新幹線開業に合わせて駅名が「鹿児島中央」に改称されることになっている。
駅名標は西郷隆盛と桜島のイラスト入り
個人的には西鹿児島っていう微妙さが好きだったんだけど…
ここ鹿児島市街も去年の3月に友人と来たとき重点的に散策しているので今回は鹿児島中央郵便局を訪局する。一人じゃなきゃできないことをするのが一人旅の醍醐味。迷わず先に進むことにする。
■電化区間をディーゼルカーで
西鹿児島
12:39→吉松 13:28
鹿児島の都心部へ向かうときの列車と違いデータイムの郊外へ向かう列車はさすがに空いていて、1ボックス確保したところで急に駅弁を奮発したくなった。しかし発車時刻も迫っている中、改札内には駅弁が売っていないことを思い出す。昨年3月の時も駅弁を買えずキヨスクの弁当で済ませてしまったがそれは避けたかったので、駅弁ではないが改札内の店で「さつま地鶏めし」(1000円)を購入して再び車内へ戻る。
そもそも駅弁の定義と言うと一般的には日本鉄道構内営業中央会が制定した「駅弁マーク」が付いているものだが、自分の中だけの決定的な定義としては「味付けに砂糖やみりんを多用しているもの」
としてみたい。コンビニ弁当にしてもデパートの弁当にしても駅弁ほど味付けが"甘い"ものは今まで食べたことがない。また駅弁の価格がどうして高いのかを考えてみると、包装にお金が掛かっていることや料理が無造作に詰め込まれているのではなく一品一品手が込んでいることも挙げられる。容器ひとつとってみても紙加工メーカーに特注するだろうし、ニンジンの煮物を花形に型どりしていては食材のロス率も高くなるので販売価格に転嫁されることになる。こんなことを考えていたら昨年3月は徒歩で移動したため新規乗車となる西鹿児島〜鹿児島間があっという間に過ぎ去ってしまった。車窓は殆ど憶えていない。
青モケットの座席で弁当を食べることに特別な意義を感じる。 「鹿児島」から日豊本線に入るといきなり単線になる。電化区間ながら列車はディーゼルカー(キハ40)の3重連。窓開き・ボックスシートと旅情感溢れるこのこの車両も、全国的にいつでも乗れると思うとこの時ばかりは元急行型電車が来て欲しかった。
1ボックス占領して鹿児島湾の向こうに浮かぶ桜島を眺めながら弁当を食す。至福のひととき。 線路はほぼ海岸沿いに進み、やがて「隼人」に到着するのだが、そのとき車内放送で聞き覚えのある曲が流れた。それは国鉄型気動車に標準装備されている「アルプスの牧場」のオルゴールで、北海道以外で実際にチャイムが使われている場面には初めて遭遇した。国鉄が分割民営化されて16年、北海道で聴いた同じメロディーがここ鹿児島で突然流れたのには泣けてくる。
■猛ダッシュ、なんとか訪局成功
隼人駅周辺
「隼人」到着は13時28分、ここで先頭の1両が国分行きとして切り離されて先に発車する。停車時間は17分なのでダメモトで郵便局を探すべく改札を出てみた。地図で隼人郵便局が近くにあることを確認、徒歩2分ほどで着いたのだが正念場はここからだった。
今日はいわゆる「ごとうび」(5日・10日がつく日)だから混んでいるかもしれないと予想はしていた。待ち人数は4人だったので楽勝だろうと思いながら番号札を取って待つこと約10分、一向に順番が来ない。よく見ると「委任状」とか書かれた謎の紙を局員にいちいち説明させている老人の客が一人で時間を食っていたのだ。もうだめだと思い窓口の前で煽ったら(郵便局は旅行貯金のためにあるわけではない事は重々承知ですがこっちも必死なので勘弁してください。)発車4分前の時間に何とか処理してくれた。あとは局を出て全力ダッシュ、改札口を抜けて跨線橋を渡って先ほどの列車に飛び乗る。なんとか間に合った。
しかし列車に乗ってしまうと安心感からか、発車までの時間がえらく長く感じた。間もなく列車は何事もなかったかの如く発車した。
■海から山へ
隼人
13:45→吉松 14:45
ここからは肥薩線に入る。時刻表を見ると別の列車として載っているが、実際は西鹿児島から乗ってきたのと同じ列車で運行され、空いていたのでさっきと同じ位置に着席する。行先表示は一応「西鹿児島→吉松→都城」となっていたが、こういった時刻表から読めない運用をされると乗り慣れていない他所の人間は困惑してしまう。.隼人の猛ダッシュで息切れが止まらないまま列車は一駅先の「日当山」に着く。近くの用水路で毎年5月中旬から多くのホタルが見られるとか。
ほたる駅?一年中見られるわけではないんでしょ。
すっかり山間部に入り、「ほたる駅」からさらに3駅進んだ「嘉例川」はなんと鹿児島空港まで5km程度の立地。それでも昔ながらの駅舎で由緒正しい「いなか駅」といった雰囲気。空港からは国分駅までバス路線があるのでそっちへ出てしまった方が便利なようだ。
列車はキハ40で車体が大型な割に非力なエンジンを積んでいるため、加速性能が悪く発車してもなかなかスピードが上がらないのだ。ディーゼルトラックを1速のギアで走らせたときのようなエンジン音を唸らせるところがいかにもローカル線という雰囲気を醸し出していて心地よい。こういった路線だったら何時間でも乗っていられそうだが気が付くと吉松に着いてしまった。
■ジャンクション駅、周辺を散策
吉松駅周辺
「吉松」は吉都線の分岐駅で構内も広いが駅前は思った以上に静か。吉都線の発車時刻まで51分あるので、のんびり散歩しようと思う。
吉松駅構内
ネコもバテ気味
吉松橋から下中津川を眺める。 駅から5分も歩かないうちにのどかな雰囲気になってしまった。下中津川を越えて少し歩いたところにある吉松郵便局に立ち寄ったあと、隣の生協で食糧調達をする。本当は組合員でないと使えないらしいのだが何も言わずに買えた。帰り道の途中でさっそく牛乳を開ける。名付けて地酒ならぬ
「地牛乳」
これは昨年春一緒に九州に来た時の友人に倣っている。安くて栄養価が高いので重宝するが一度に1リットルは飲めないので半分はペットボトルに移し替える。とにかくひとり激旅なのでケチれるとことはケチる。何でもアリなのだ。
■同じ車両で4路線ハシゴ
吉松
15:36→えびの 15:50
吉松から吉都線の列車に乗車、といっても西鹿児島からずっと同じ車両に乗っているのだが…。鹿児島本線→日豊本線→肥薩線→吉都線と4つの路線をまたがり、郵便局を2局も回ることができてしまった。列車の接続が良すぎてずっと乗り通すことになるとある意味地獄で、こういったちょっと散歩できる「間」があると、非常に効率よくローカル線を堪能できる。どこが県境か分からないまま、いつの間にか宮崎県に入った。
■本日5局目の訪局
えびの駅
「えびの」到着は16時の10分前。郵便局が近ければ取扱時間内に間に合いそうなのでさっそく検索開始。郵便局は今年の4月から日本郵政公社に移行し、看板が目立つデザインに変わったおかげ?で加久藤郵便局が容易に発見できた。ここの郵便局、同業者がけっこう訪れるらしく、若い局員氏曰く「ここ最近…6人目ですね!」などと旅行貯金者には慣れた様子で事務処理を行ってくれた。"最近゛と言うのはやはり他の人も青春18きっぷで訪れるのだろうか。それにしても日本郵政公社に移行すると通帳の主務者印が廃止になるという話しを聞いていたが、どの局でもしっかり押してくれた。明日は土曜日なので今回の旅行貯金はここで終了。郵便局巡りをやる上では平日休めない仕事もやっぱり辛い。
■急行型DCを満喫
えびの
17:37→都城 18:55
17時37分、構内の踏切の警報音が鳴って定刻どおりに列車はやって来た。どんなに本数の少ない路線でも日本の鉄道における時間の正確さにはいつもながら感心してしまう。来た列車は元急行型車両。2両編成のうち片方は車内が改修されていて座席がヘンな色になっていたが隣の車両は昔ながらのオリジナルに近いので当然そっちに乗る。途中、無人駅では後ろの車両のドアは開かないため、殆ど客は乗ってこない。これほどの超閑散状態だとつい車内をウロウロしてしまう。この、移動中に立ったり座ったりすることは"クルマ"では絶対真似できないことでこの開放感があるから鉄道の旅は辞められない。
車両解説 キハ58
昭和30年代後半〜40年代前半にかけて製造された急行型ディーゼルカー。全国的(北海道は極寒冷地型)に配備され一大勢力を誇ったが近年では年々数を減らし絶滅危惧種といっても過言ではない。 急行型からの改造部分 車端部分はボックス席がロングシート化され、トイレの向かい側の化粧室とデッキの仕切りが撤去されている。出入り口付近に見える赤い箱はワンマン運転用の整理券発行機。
急行型は窓側もひじ掛けつき
となりの車両は改修されていた 今日は朝から「乗り鉄」ばかりだがこれには訳がある。何度も言うが明日は土曜日なので郵便局巡りはできない。なので今日は観光よりも移動に重点を置きたかった。えびのでの待ちぼうけも16時以降なのでまったく時間の無駄にはなっていない。終点の都城間近では日が暮れて車窓が楽しめなかったが明日また乗るので問題ない。だから今日のプランニングは大成功としたい。
■アタリ車両なのに乗車は一区間
都城
19:16→西都城 19:19
「都城」に着いたので一旦改札を出てみるものの、すでに日が暮れていて雨がパラついてきたのでこれからどうしようかと考えていると時計代わりの携帯電話が久々に着信、電話は高校時代の友人だった。列車の中だったら無視するところだったが幸い外だったので電話を済ませられた。これ以上ここにいても何も起こりそうもないので、今日の宿代わりの場所へ行ってしまうことにする。
西都城行きの列車が来たので最後尾から乗ろうとしたら車掌さんが「西都城行きです。」と案内してくれた。地方では一区間で降りると他の乗客から変わった視線を受けると聞いたことがあるが、確かに大荷物を持った人が西都城に行く用があるのか考えると無理もある。ともかく誤乗しないように配慮してくれる気遣いに感謝。
電車は急行型だが3両編成のうち一番後ろの車両はグリーン車格下げの中間車を先頭車に改造した車両だった。去年の3月のときは宮崎神宮から佐伯まで2時間半以上をこれに延々乗っていられたのだが、今回はたったの3分。せっかくのアタリなのに一区間しか乗れないのが残念。
左の車両が例の改造車。一ヶ所だけドアの幅が違う。
グリーン車改造の車内。座席はすべて向かい合わせで固定されている。
座席はゆったりしているが定員は少なそうで混雑した時には乗りたくない。乗ってみた感想は、座席がだいぶくたびれた感じで化粧板の色も褪せていて老朽化が目立つ。改修もされていないので恐らく近いうちに廃車は免れないだろう。
■一年後の異変
西都城駅
一駅先の「西都城」は高架線上にある近代的な駅となってはいるが相変わらず線路は単線で、都城より利用客数も少なく「みどりの窓口」すらない。列車の本数が少ないのだからそれもそのはずか。
国鉄スタイルの駅名標。不自然な空白があるのは旧志布志線が分岐していた名残.。 そういえばまだ「ムーンライト九州」の指定席が確保できていないので出札口で調べてもらう。西都城もマルス端末がないので阿蘇のときと同じくJR回線の電話で問い合わせてもらうことになるのは承知だったがいつ空席が出るかは分かるはずがないのでお願いしてみた。結果は満席、お礼を言って立ち去った。
駅を出て夜道を歩き出すと就職活動直前だった頃の心境を思い起こす。前回食糧調達した「スーパー大浦」がなくなっていてファミリーマートになっていたのがショックだった。あのとき一緒に行ったT氏に後日報告したら、「あそこの冷えた飯がいいんじゃねえか」
だそうである。この日は仮眠室のある銭湯といった感じのところに泊まったのだが、そこのフリードリンク制度が5月で廃止となっていたり、旅で訪れた地も確実に時が流れているのを実感した。