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九州乗り潰し激旅
2日目 大分-川尻 8月14日


■ふたたび大分駅
  某所→大分

 無人駅は終車後1時間ほどで電灯が自動的に消えるようになっているため、必然的に就寝時間、起床時間まで管理されることになる。30分おきに鐘が鳴る柱時計のおかげで寝不足気味な中、夜が明けきらないホームでひっそりと列車の到着を待つ。駅構内の踏切の警報音が響きわたると、定刻どおり始発列車の到着である。しかし列車が停まってもドアが開かない。そう、ワンマン列車は無人駅では後ろの車両のドアが開かないのだ。朝からいきなりボケてしまったが誰の突っ込みもないのでむなしさは倍増。ここから大分までの某区間は、外が明るい時間にははじめて乗るので車窓を眺めようとするが、やはり居眠りしてしまい、いつの間にか「大分」に着いてしまった。

 大分駅構内でウロウロしているうちに、豊肥本線の6時46分発の列車を逃してしまった。まさかさっき乗ってきた列車が豊後竹田行きになっていたとは…。案内放送も聴いているようで聴いていない上、何よりこれから自分がどこ行きの列車に乗るのかが全く頭に入っていなかった。一本遅らせても豊後竹田で遅れは回復してしまうので問題はないはずだが、大判の時刻表を持ち歩く行き当たりバッタリの無計画さ加減は我ながら素晴らしい。大分駅で思わぬ待ち時間が発生しまったのでボーっとしていると、京都発南宮崎行きの寝台特急「彗星」がやってきたので、やはりボーっと眺めていた。蒸気機関車時代の名残なのか、ホームには洗面所(写真参照)が設置されている上、次駅表記のない古い駅名標と相まって旅情を感じさせる。

ホームの洗面所 駅名標

■ロングシートvsセミクロスシート
  大分 7:10→豊後竹田 8:38

 「彗星」を見送り、豊肥本線のホームへ戻ると、セミクロスシートのディーゼルカーが待っていた。一本前の列車は、ロングシートの車両だったのですごく得した気分だ。列車はキハ147の2両編成。前側の車両の座席は、青紫と黒の格子模様だったが、後側の車両は昔ながらの青モケット座席。迷わずこっちの車両に乗り込む。こんな、非電化・単線・窓開き・ボックスシートと4拍子揃った絶好の条件での旅はいつまで続くかわからないので、思いっきり現実逃避モードに突入する。外は雨が降っていて、外が霧なのかガラスが曇っているのか景色がよく見えないが、そんなことはどうでもいいのだ。

6:46発 ロングシート キハ200 7:10発 セミクロスシート キハ47

■本日も雨天決行
  豊後竹田駅周辺

 

 「豊後竹田」では1時間ほど時間があるので青春18きっぷの放浪旅では毎度お世話になっている駅周辺案内図NAVITA」で近くの郵便局の場所を確認。雨の降る中歩くこと約10分で竹田郵便局に到着した。ここ竹田市は、滝廉太郎作曲の「荒城の月」ゆかりの城下町で、豊後竹田駅舎や竹田郵便局も瓦屋根の和風デザインとなっている。時間外のATMが設置されている入口付近にはすでに先客が待っていたが、9時の開局と同時に手っ取り早く預入用紙を記入し終え、先客よりも先に用件を済ませて局を後にする。まだ朝の9時ということもあるのか、営業中の変わった飲食店も見つからず、そのまま駅に直帰するが、いつもの癖でスーパー以外では買い物する気が起きず、今朝の食糧調達もできないまま終わった。

 雨が激しいので駅に留まること約20分、地方の駅では券売機に不慣れな客の多さが目に付く。そのためか、゛こども゛のきっぷを買おうとしているようだが買い方がわからない客に対して、「ここ押すと゛こども゛の金額になるから…。」といった口調で勝手に券売機を操作し始めた。客にやらせなきゃいつまで経っても覚えてくれないだろうに、結局自分の仕事が増えるだけではないのか。古き良き時代の香り漂うJR九州だが、国鉄時代の投げやりな接客態度までもがそのまま保存されているようだった。その券売機で乗車券と特急券を購入して特急「あそ」を待つべくホームへ向った。


■特急で4駅通過
  豊後竹田 9:42→阿蘇 10:24 特急「あそ」2号

 豊後竹田から「宮地」の34.6キロ5区間は大分と熊本の県境に位置し、普通列車は壊滅的な本数になる。普通列車は一日にわずか5本。特急が3本と特急の比率が高く、この時間帯も特急を利用せざるを得なかった。

 先頭車両の自由席車両に乗車、すぐに車掌が車内改札にやってきたので乗車券と特急券を見せる。車掌は「今日はどちらまで行かれますか。」と聞いてきたので一瞬、「どこだっけ…」と考え込みそうになったが、別に自分に興味があって話し掛けられたわけではないことはすぐに察し「阿蘇までです。」と告げた。要は同じ乗客に二度車内改札を行わないよう座席表でチェックするための事務的な会話なのだ。それにしても、自分にとって特急列車は鉄道ではなく別の乗り物のように感じる。誰も乗り降りしない小さな無人駅でも、特急は容赦なく通過してしまうのでいたたまれない気分になる。この気持ちは青春18きっぷをただの安い切符としか思っていない人には分かるまい。

車窓と開きっぱなしの自動扉

 車内販売のワゴンが通ったあと、なぜかデッキと仕切る自動扉のセンサーが反応しっぱなしになり、戸が開いたり閉まったりを繰り返す謎の現象が起きた。通り掛った車掌が客から事情を聞かされ、何度か自動と手動のスイッチをいじるなどしていたが、あと少し待てば閉まるところで車掌が扉の前に立ってしまうので謎の現象を見ないまま「手動に切り替えさせていただきます」といった感じでこの件は片付けられてしまった。もともと自動扉なのでストッパー(ガッチャンっていうアレ)がないのでカーブに差し掛かると半開きになって間が抜けたようになり、そればかり気になったまま「阿蘇」に到着してしまった。


■下調べなしで路線バスツアー
  阿蘇山周辺観光

 阿蘇駅到着は10時24分、ここから阿蘇山の火口付近まで行ってみようと思う。バスの発車時刻は10時30分なので乗り継ぎ時間は6分しかない。普通列車の本数が増える「宮地」で降りずに「阿蘇」まで特急を利用したのはこのバスに間に合わせるためである。バスのりばは非常にわかりにくい場所に位置し「阿蘇駅前」というより「阿蘇駅前バス待合所裏」とでも表現したほうが適切に思えるほどだ。観光案内所でも場所を訊いたが、あの「バス待合所裏」に気が付かなかったら確実に乗り損ねていただろう。バスが停まっていたのでとにかく乗車し、運転手さんに「阿蘇山西」へ行くバスであることを確認する。あまりにギリギリだったため行先を確認しているどころではなかった。
 バスの乗客は自分ひとり。九州でも代表的な観光地を結ぶバスだけあって、案内放送のテープは日本語と英語の2カ国語。途中外の景色にあわせてガイドテープが流れるがこれは日本語のみだった。山道に入った頃、運転手さんから阿蘇山火口付近はガス規制で通行止だという事実を知る。有毒ガスが発生していて吸い込むと30分くらい居ただけで咳が止まらなくなるらしい。かなり脅されながら(というより勝手にビビっている)、当然ロープウェイも運休との事なので「阿蘇山西」より手前の「草千里」で降りることにした。”山分け”という言葉の語源となったとされる丘(米塚)を右手に見て「草千里」に到着する。すぐそばまで広がっている草原も素晴らしいが、停留所に降りて一番最初に目に留まったものは、

駐車場のデカさ。

 人がせっかく苦労してバスに乗り継いで来たというのに、マイカー族はいとも容易く来れてしまうのだから公共交通機関が衰退するのも解る気がする。ともかくマイカー族や観光ツアー客のお陰で観光地が活性化されているのも事実だろうからこれ以上は言わないが、駐車場代410円をいっそのこと1,000円くらいにしてもいいのではないかと思う。来る人は来るんだし。いかにも観光産業といった雰囲気のみやげ店・食事処が軒を連ねていたが、こういった場所はあまり好かないので何も食べないまま終了。自販機でバニラコーラの350ml缶(注:関東に帰ってから探しても500mlボトル缶しか売っていない)が売っていたのでそれで空腹を紛らわす。これらの店がある隅っこに"阿蘇火山博物館"があり、観覧料840円という金額には一瞬躊躇したが阿蘇山ロープウェイの往復運賃820円が浮いたことを考えるとせっかくここまで来たのに入らない手はないという気になり、一応入ってみることにする。火口付近へは行かれないのは残念だが博物館のような知的観光も悪くない。

 あとで知ったことだが「阿蘇火山博物館」は民間経営であり、実は経営難に陥っているらしい。公立の博物館と違い観覧料が高いのもそのためだと考えられる。
 今回訪れたような悪天候な日やガス規制時で、火口見物ができなくともこうした施設により
観光の幅が広がることの意義は大きいだけに存続を切に願いたい。

参考リンク 阿蘇火山博物館の存続に向けて

 入口で貰ったリーフレットの裏面には「観覧所要時間約50分」と書かれていたが今回は40分ほど見学したので、まあまあ堪能できたはずだ。博物館を出て再び「草千里」。普通の靴で歩けるほど低い背丈の"原っぱ"がずっと先まで続いている。これが人工で築かれたものではないというのだから自然の持つパワーは偉大であることを伺い知ることができる。この草原には馬が放たれており観光客が乗馬(有料)を楽しむこともできるようになっている。時間に余裕を見て、早めにバス停に向かう(と言っても草原のすぐ横)も、無いよりまし程度の折りたたみ傘しか持って来なかったので、風で傘のホネが曲がって大変だった。おまけに霧も濃く視界が悪かったので、何もしないでじーっと帰りのバスを待った。何かもったいない気がしたけど天気だけはどうにもならない。

駐車場のクルマの多さ
霧が途切れた一瞬

 12時40分、ほぼ時刻表どおり阿蘇駅前に戻ることができた。残りの時間で坊中郵便局を訪れようと思っていたところ、バスの車内から場所が確認できたのでその足で行くことにする。阿蘇駅周辺は「坊中」という地名であるが、観光地化された昭和30年代に駅名も今の「阿蘇」に改称された。それに対し郵便局の名称は土地の地名に忠実に従っている。

 駅に戻って、まだ少し時間が余っているのでうろうろしていると「当駅で指定席券がお求めになれます」という張り紙が目に止まった。まだ「ムーンライト九州」の指定席券がとれていないことを思い出したので出札口(注:”みどりの窓口”ではない)でキャンセル状況を確認してみる。係員は少し面倒臭そうな笑みを浮かべながら「またムーンライト九州〜?」(この日2人目だったらしい)と言いつつ、列車名・乗車日・乗車区間を係員が用紙に書き込んでいく。係員の面倒臭そうだった理由はこのあとすぐに解った。なんと、空席状況をJR回線の電話で問い合わせているではないか。”みどりの窓口”設置駅ではないのでマルス端末のキーボード操作でちょちょいと空席の照会、というわけには行かないようだ。


■激込み列車でスイッチバック
  阿蘇 13:06→肥後大津 13:53

 阿蘇から再び豊肥本線に乗車する。肥後大津行き列車は2両。制服を着た高校生と高校生風の異常な混雑に遭遇する。「参加者名簿」と書かれた紙らしきものがチラチラ見えたので何かイベントだろうか。彼らは床に座り込んでいて立とうとはしないので、もともと立ちスペースの少ない車両なだけに混雑に拍車をかけている。ドアはバスのような折戸なので、ドア付近には立てず、車内の奥にも進めないので網棚に荷物を置けない状態。大荷物片手になんとか整理券発行機にしがみつく。

豊肥本線のスイッチバック

 景色を眺める余裕もなく、肥後大津まであと2駅の「立野」手前で列車が停まった。スイッチバックである。勾配の途中に駅を設けるための設備なのだが、豊肥本線にもあることは知らなかったので、こんな状況下では苦痛以外のなにものでもない。
 「立野」は阿蘇の外輪山を越えるあたりに位置し、ここまで来ると嘘のように雨が止んでいた。


■時間差攻撃で混雑回避
  肥後大津駅周辺

気動車から電車へ大移動

 「肥後大津」に到着すると同じホームの向かいには接続列車が待っていた。ほとんどの乗客は熊本方面へ行くと見えて、一瞬のうちに車内が混み合う。これまでセミクロスシート車+転換クロスシート車だったのがロングシート2両編成になるので、必然的に座席の絶対数が減るわけだ。これまで座れてきた人はドア付近の人より出遅れるので確実に座れないだろう。まさに立場が逆転する。この混雑から回避するため、列車を一本見送って郵便局へ行こうと思う。次の列車は阿蘇方面から乗り継ぎのスジではないので混雑しないはず、まさに一石二鳥だ。

 次の列車までの時間は28分。大津局まで約500メートル、往復で1キロ歩くのでかなりバテ気味だ。それもそのはず。

・ 昨日の夜は駅寝をした
・ 今朝からまともに食事を摂っていない

今年は10年ぶりの冷夏で、九州でも比較的過ごしやすいが、やはり白昼ともなれば歩いているだけで汗が止まらない。暑いさなかでは、工事などで道路が狭くなっていて車が途切れるのを待たされたり、歩いている横を車に抜かれたりするのが精神的にも一番応える。こういう時だけ「車なんてなければいいのに…」と自分勝手なことを考えてみたりする。何しろ、見知らぬ土地の移動手段は自分の足のみが頼りだ。


■気動車から電車へ
  肥後大津 14:21→熊本 14:51

車内の内装はJR九州オリジナル

 肥後大津から熊本までは電化区間になり、日中の普通列車はすべてここで乗り換えとなる。今回九州入りした「小倉」から、ここまではすべてディーゼルカーだったので、久々の電車は加速のよさが心地よい。車窓はこれまでとはうって変わって熊本平野が広がり、熊本市街の通勤圏という色が濃くなる。10人掛けロングシートではあるが空いているので1枚ガラスの大きな窓からの車窓が望める。大変快適だったが、阿蘇方面から連絡する列車と輸送力が一緒なのは、非電化区間を冷遇しているからなのだろうか。


■プチローカル線
  熊本 15:06→三角 15:54

 「熊本」からは再びディーゼルカーに乗り「三角」へ向かう。列車はキハ31の2両で、座席は1+2列の転換クロスシート。早めに乗り継ぎしたつもりが、すでに座席は埋まりかけていた。それでも向かい合わせになった座席で進行方向が空いていたのでそこにお邪魔させてもらったが、ちょっとおじさん、

座席の向き換えろよ。

 三角線は鹿児島本線「宇土」から宇土半島へ分岐し「三角」まで25.6キロのローカル線。今回の激旅は、郵便局をいかに効率よく巡るかに重点を置いて綿密に(といってもほとんど列車の中で)プランを練った。そのため目的地の「赤瀬」を通過してひとまず終点まで行くことにする.。


■取扱時間終了2分前
  三角駅周辺

郵便局前で折り返し16時0分発の熊本行きを見送る

 「三角」ではあるイベントが待ち構えている。旅行貯金だ。到着時刻は15時54分、郵便局の貯金の取扱時間は16時まで。つまり6分間で郵便局を探して貯金を済ませなければならない。すでに記入済みの預入用紙は用意しておいてあり、幸いにも列車から三角郵便局の場所が確認できたのであとは改札を出てひたすら走る。本当に最後の手段は道路に荷物を捨てて走ろうかと思ったがその必要はなく、15時58分に無事貯金は終わった。

 ひとまず時間との戦いから開放され、やっと食糧調達ができそうなので早速近くのスーパーで牛乳1リットル・パン・惣菜など、安くて栄養価の高そうなものを買い込む。三角駅前はすぐに港になっており島原へ渡ることができる。早速港へ行って買い込んだものを食べることにする。一人旅だとこの程度のメシでも良くなってしまう。


■夕暮れ前のひととき
  三角 17:00→赤瀬 17:11

 終着駅「三角」からはもと来た線路で「赤瀬」へ引き返す。この駅は以前"青春18きっぷ゛のポスターに使われたということで、かねてから降りてみたかったので三角線乗り潰しついでに行ってしまう。

 「宇土」から「赤瀬」へ向かう途中は、しばらく海沿いを走るのでポスターの写真の様相は少しも見られないが、やがて山間部の勾配を進み、ポスターの風景になる。

 赤瀬駅はこちらのページをご参照ください。


■今日は熊本で終了
  赤瀬 18:11→熊本 18:50

 「赤瀬」で1時間過ごしたあと「熊本」へ引き返す。今度来た列車は赤いディーゼルカーで、ワンマンではなく車掌が乗務している。整理券を取り忘れる(発行していたのだろうか)が、青春18きっぷで乗っているので問題はないはずだ。
 熊本駅は昨年3月に訪れて今回が2度目。前回は上熊本駅から歩いて来たので改札側から見る熊本駅は初めてということになり、また違った印象を与えた。すでに日も暮れようとして、これ以上歩く気も起きなかったのでみどりの窓口へ行き「ムーンライト九州」の指定席キャンセルを確認してみる。結果は満席だった。


■今日の宿がわり
  熊本 19:43→川尻 19:49 

 今晩はインターネットで調べておいた熊本市内の健康ランドに泊まろうと思う。最近は健康ランドに泊まる目的が風呂よりもデジカメの電池を充電することになっている。それでも駅寝よりは安全なので利用価値は大きい。
 鹿児島本線の八代行きに乗って、ひと駅先の
「川尻」で下車する。川尻駅に着き、首から提げていた青春18きっぷで改札をスルーしようとすると、ノリの良さそうな駅員氏に止められ「今日の日付入ってる?」と切符をマジマジと見られた。すかさず「ここっ!」と今日のスタンプを指すと、普通だったら「ありがとうございます」とか「お疲れさまです」とか言われるがここの駅員氏からは

「はいオッケー!」

という予想外の意味不明な発言を耳にする。ここまで来ると無人駅が多くなる中、こういった小さな有人駅はある意味稀少なのかもしれない。疲れていたのでそのまま駅をあとにして持ってきた地図を頼りに目的地へ向かった。この地図がかなりアバウトだったため、このあと小一時間ほど夜道に迷うことになる。


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